「ビッグ・ピクチャー」 ダグラス・ケネディ2006年02月13日 15時24分35秒

「ビッグ・ピクチャー」 ダグラス・ケネディ
「ビッグ・ピクチャー」 ダグラス・ケネディ
THE BIG PICTURE by Douglas Kennedy
(新潮文庫)

ウォール街の大手法律事務所の一員。弁護士のベンは高額な年収に見合う郊外の家、妻に息子二人。趣味にも十分にお金がかけられる身分の超エリート。しかし何か満たされない思いを抱えていた彼は妻の不貞から思わぬ事態に直面する。彼は今までの自分を捨てて現在の環境から姿を消し、別の人生を歩み始めることを決意する。

サスペンスでもあり、ヒューマンドラマでもあり、ラブストーリーでもある。別の人間になって人生をやり直すというストーリーは珍しくもないのかもしれないが私はまともに読んだのは初めて。これは面白い。
主人公のベンは超エリートのごく普通の人間だが法の知識に明るいことが彼に自信をつけさせたのか、別の人間になりすますという普通じゃ出来そうにもない事を可能にしてしまう。普通の男がだんだん魅力的な男に変貌していくので読んでいてわくわくする。もうはまったも同然だ。
「ビッグ・ピクチャー」とは“決定的な写真”という意味。エリート弁護士のベンの趣味は写真。本来は写真家として身を立てたいと思っていたが諸事情により断念。彼は新しい人生でやりたかった写真を再開する。このタイトルが意味するものが何なのか、本作で確かめて!

主人公の男がえらく魅力的でたちまち惹かれてしまった。夢破れて親の言うなりの人生を歩いていた男は妻に裏切られ、結果、最悪の事態に陥るのだけどなんだか同情してしまった。数々のピンチにも応援したくなるキャラクターなのだ。ストーリーとこのキャラクターだもの映画化は?と思ったら、ディズニーが映画化権を買っていた。が、なんとそれが98年くらいの話。どうも暗礁に乗り上げたままのよう。私見だけどすごくスリリングなサスペンスの趣でディズニーって感じじゃないのよね。どこか他が買い取ってくれないかな。

さて私の頭の中では映像化されたも同然。主人公のベンははまっている真っ最中のトーマス・クレッチマンからどうしても動かない。本当はもっと年齢が若いみたいだけどそんなに違和感はないと思う。過去を封印した秘密を抱えた男の暗さがクレッチマンに似合うと思う。子供に対する父親の愛情も厚くものすごく人間味のある主人公だ。
新しい人生を始めた先で出会ったアンは感情も行動もストレートなかわいい女。過去に哀しみを背負いながらも常に前向きで今を精一杯生きようとしている。彼女は謎めいた男に抵抗する間もなく惹かれてしまう。これがまたほんとに愛すべきキャラクターで彼女の立場にも感情移入してしまいそうだ。
こんなアンにピンときたのがミランダ・オットー。感情一直線のキャラにははまるはず。

二つの人生を送ることで登場人物も多彩なこの作品。脇を固める配役もいろいろ考えられてなかなか楽しかった。舞台はマサチューセッツ州の高級住宅街から自然の中に人々の営みがあるモンタナ。変化に富んだ風景が目に浮かぶ。巧い脚本で映画化されたら絶対に面白いと思うな。

初出:2005/8/13(土) 午後 10:41

25時2006年02月14日 08時14分07秒

25時(2002)
25時 25TH HOUR
2002 米 監督:スパイク・リー
エドワード・ノートン バリー・ペッパー フィリップ・シーモア・ホフマン ロザリオ・ドーソン ブライアン・コックス アナ・パキン

麻薬売買で麻薬取締局に捕まり7年の刑期が確定したノートン。彼は自分を売ったのが恋人のドーソンかもしれないという疑念や、刑務所で自分が受けるであろう事態に怯えながら収監までの24時間を過ごす。

あまりスパイク・リー監督作品に好感を持ったことはないのだが本作はちょっと心を動かされた。不安や哀しみを讃えたノートンの演技に惹かれたのだと思う。
見所はいろいろあるがノートンの友人のペッパーやホフマンとの関係がとても胸を打つ。教師のホフマンにウォール街で成功しているビジネスマンのペッパー。一見バラバラな彼らと友人同士だというのが、あわなそうでいて実はこういうことってよくあるんじゃないかと思える。つきあう人間のタイプって同じ人とは限らないから。友人だから頼めること、友人だからしてあげられることにはこんなこともあるのだ。号泣するペッパーにつられて泣きそうになってしまった。

父親のコックスの気持ちも観ていて辛かった。悪役タイプのキャスティングが多い彼が不器用な父親を味わい深く演じている。親と子の1対1の関係には不器用そうなふたりがテーブルを挟んで最後の食事をする場面はぐっとくる。

このラストは少しぼやけていて、どう考えたらいいものか悩むかもしれない。観るものに結末を委ねた感じの作りの映画だ。

エンドクレジットに流れるブルース・スプリングスティーンがぴったりで更に切なさに追い討ちをかける。

ひとつだけ難点が。恋人役のドーソンが私にはいまいちなんだなぁ。最近出演頻度の高い女優の一人。ちょっと出すぎで食傷気味の感がある。ちょっとノートンとは・・・違う気がするんだけど・・・。

初出:2005/8/25(木) 午後 9:29

リチャード・ニクソン暗殺を企てた男2006年02月19日 11時25分09秒

リチャード・ニクソン暗殺を企てた男(2004)
リチャード・ニクソン暗殺を企てた男 THE ASSASSINATION OF RICHARD NIXON
2004 米 監督:ニルス・ミューラー
ショーン・ペン ナオミ・ワッツ ドン・チードル マイケル・ウィンコット ジャック・トンプソン ニック・サーシー

ペンはごく普通の男だが嘘がつけない性分で世渡りが下手なために仕事が巧くいかず家庭は崩壊。新しい仕事もまた上司のやり方が性に合わずストレスはたまる一方。事業を起こそうとするも頼みの綱の融資が下りず、挙句に勇み足が裏目に出て相棒が逮捕され兄からは絶縁を言い渡される。彼の失望は怒りに変わりその矛先はTVの中のニクソンに向けられた。

どうしてこうなってしまうのか?彼の何がいけないのか?理不尽にも思える彼への仕打ちは、彼に社会が悪いのだと思わせる意外になくなってしまった。その象徴としてニクソンに向けられて何が悪い?と思ってしまいそうなくらい彼が悲しくてたまらない。
彼の壮絶な最後がある意味彼にとって幸せではないかと思うのは私だけだろうか?
こんなに自分が受け容れられない世の中なら、自分の意思を貫き通したまま死ねるのならばその方が・・・。

こんなに悲しい映画は久しくなかった。号泣する悲しさじゃなく心の底からずっしりと重くて深く突き刺されたような痛みを感じる。

これで決定的にペンの見方が変わった。う~ん、エキセントリックさが目に付いてどちらかといえば苦手だったんだけど、なんか違うじゃん!

初出:2005/9/1(木) 午後 0:55

クリス・オドネル2006年02月19日 11時29分39秒

セント・オブ・ウーマン(1992)
CHRIS O'DONNELL 1970/6/26 USA

映画を観始めた90年代半ばにコンスタントに出演作があってとても馴染みの感じがあるオドネル。
彼のことを一言で表現するならば“いい子”“お坊ちゃま”または“清潔感”“正義感”なんてとこだろうか。
初見はバットマンシリーズのロビンだったけど、その後に観たプレップスクールの生徒を演じた「青春の輝き」「セント・オブ・ウーマン」の印象の方が格段に強いから“いい子”の印象が今になっても拭えない。ロビンだって悪い子じゃないからやっぱりタイプ的には同じか。誰かのために頑張るロビンや「三銃士」「チェンバー」「バーティカル・リミット」など優等生のお手本みたいなキャラクターが続々。お金持ちのお坊ちゃまでも裕福じゃなくても誠実な性格でいい奴。
初期の頃の脇役だった「フライド・グリーン・トマト」「サークル・オブ・フレンズ」「ブルー・スカイ」では主人公のボーイフレンドや兄弟などで“清潔感”あふれる爽やかな好青年。"Boys next door"って言葉ある?そんな感じ。
タイプキャストが続くのを大概の役者は嫌がるけど彼の場合、抵抗無く演じているように感じてしまうのは私だけ?安心して観ていられるので私としてはいいんだけどな。
何本か情けない系のキャラだった「プロポーズ」「クッキー・フォーチュン」には笑ってしまった。コメディだとこういうタイプになるのね。でもやっぱり悪い子にはなれないから、そこんところがクリス・オドネルなんだなーとしみじみ思った。

でもやっぱりマンネリ化に飽きてしまったのだろうか、90年代後半からわりと最近までスクリーンに登場していなかった。プロデューサーに名を連ねたり、TVに出ていたりもする。結婚して子供も生まれて、年齢的にいつまでもいい子っていう年でもなくなってきたかなぁ。
そこにきて2004年に久しぶりにスクリーンに登場したのが「愛についてのキンゼイ・レポート」。リーアム・ニーソン演じる主人公キンゼイ博士の3人の助手でピーター・サースガード、ティモシー・ハットンと共にキャスティングされた。見所はサースガードに持ってかれてハットンと彼は添え物のような存在感だったけど・・・。とりあえず健在なんだなと一安心。30代半ばのくせに相変わらず童顔。変わってないんだこれが。(笑)
ところで彼のキャラクターがどうも“性的に大胆”らしい。前述の通り見た目に変わってないので“そうかー?”と思ってしまったよ。でも、性的嗜好が変態の登場人物に嫌悪を示して部屋を飛び出したり、不穏な雰囲気になる研究仲間たちを冷静に見ていてキンゼイにチクリと進言したり・・・やっぱり根は真面目でいい子だったか!と安心したりして。

童顔だと年齢を重ねてからの役は難しい気がする。どんなキャラクターなら彼を活かせるかなぁと考えるがいまいち思いつかない。30代後半。役者としてはこれからが面白いところだと思う。フィルモグラフィには何本か新作の予定があり、「キンゼイ・レポート」を皮切りの活動再開の予感。実は楽しみだったりする。馴染みの顔なだけに今後の活躍にも期待したい人だ。頑張れオドネル♪

初出:2005/9/11(日) 午前 11:41


既出コメント:

彼が20代前半だった頃の5作品しか見ていないんです。が、本当に“清潔感溢れる爽やかな好青年” どこか、オーランド・ブルームに似た雰囲気もあるかな? めかぶさんの書かれている内容を読むと、最近も変わってないんですね(笑)変わっていなくて嬉しいような、大胆に変身した所も見たいような・・・
2005/9/11(日) 午後 5:00 [ aikirin ]

そうだねー。この路線はオーリがそのタイプかもしれない。久しぶりに見たオドネル君は結局見た目もキャラ的にも変わってませんでした。ハリウッドメジャーばかり出演する割りにあまりハリウッドっぽく染まらない人のような気がします。そこがまた清潔感があるように見えるのかもね。
2005/9/24(土) 午後 11:05 [ mekabucchi ]

父、帰る2006年02月26日 21時45分00秒

父、帰る(2003)
父、帰る VOZVRASHCHENIYE
2003 ロシア 監督:アンドレイ・ズビャギンツェフ
コンスタンチン・ラヴロネンコ イワン・ドヴロヌラヴォフ ウラジミール・ガーリン

十何年ぶりに家に帰ってきた父は二人の息子と旅行に出かける。ただでさえ父親と言う認識も乏しい相手なのに彼の言動は横暴だ。何か別の目的があるのか旅先で子供を置いてきぼりにしようとするも、気が咎めたのか彼は二人を連れて無人島に渡る。旅するうちに少しずつだが受け容れていく兄とあくまでも反抗的な弟。

父が今までどこに行っていたのか、父の旅行に真の目的は一体何なのか、いくつかの説明がされないまま物語は進み、驚愕の事件が起こる。
この展開には愕然とするが、不明なてんなどどうでもよくなるような、この親子三人の心のドラマだった。それぞれの心に生じる葛藤や変化が、少ないセリフながらも重厚で見るものを困惑させる強力な力のある作品。

観た人によって感想はかなり違うものになるだろうと思われる。父をどんな人間と捉えればいいのか悩むところだがやっぱり子を持つ父親には違いない。兄弟それぞれに違った父に対する感情もどちらも共感できる気がしたが、最後の展開によってそれがまた違う印象に取って代わるのでますます困惑した。何と感想を残せばいいのかわからなくなるほど衝撃的で気持ちが重くなる。しばらく消えない重さだ。本当にいろんな感情が溢れてきて観終った瞬間は頭が爆発しそうだった。

兄役の子は撮影終了後しばらくして水の事故で亡くなったのだそうだ。どういう運命なのだ?この作品はあらゆる面で衝撃的過ぎる。“なぜ?”“どうして?”と言いたくなるような不条理な運命を見せつけられてかなり胸に堪える。

初出:2005/10/9(日) 午後 11:40