仕立て屋の恋2007年07月19日 09時03分45秒

仕立て屋の恋(1989)
仕立て屋の恋 MONSIEUR HIRE
1989 仏 監督:パトリス・ルコント
ミシェル・ブラン サンドリーヌ・ボネール リュック・テュイリエ アンドレ・ウィルム

孤独で人当たりも良くなく周囲から変人のように見られている中年男ブランの密かな楽しみは、向いのアパートに住むボネールの生活を覗き見すること。ある日それが彼女にばれてしまうが、それから二人の距離は近くなる。

この作品を語るのにネタバレは避けられません。ご了承ください。

あまり興味を持てなかったルコント。映像が耽美的というか芸術性が高い、イメージで観る、雰囲気を感じるフランス映画の代表的な監督として捉えていた。物語の好きな私にはもうひとつストーリーがはっきりしない作りが好みじゃない理由だった。
しかし、「親密すぎるうちあけ話」でボネールとファブリス・ルキーニの間にあるものがセリフからも映像からも染み入ってくるものを感じ、はじめて“ちょっと違うかも?”と思った。
でもって今回の「仕立て屋の恋」。とりあえずボネールだし「親密すぎるうちあけ話」のような冴えない中年男の恋の話だし。ある程度の期待をしてみたら。あらま、なんで今まで観てなかったんでしょう?これを観てたらルコントを見る目は違っていたのにね。

ボネールが若く美しい女性。彼女を遠くから見つめるだけで恋焦がれる中年男のブラン。彼の目から見た彼女の美しさがルコントの演出、映像で官能的に、いやそれ以上に女性の輝きと柔らかさが感じられる。
そして切ないまでのブランの恋心。時に激昂したりするのも、彼女を前にした事態に対応しきれないもどかしさ。自分によくない状況になろうとも黙々と決意を持ってなされる彼の行動はすべて彼女のため。あまりに真っ直ぐで見ていて痛々しいほどの彼の想いがいじらしくなる。なのに・・・。

それにしてもダニエル・オートゥイユといいフィリップ・トレトン、ルキーニ、ブランと、フランス人中年俳優の奥深さというか味わい深さには恐れ入る。女の私が中年の男性主人公にこれほど肩入れして観てしまうことは彼らフランス人俳優でしか経験し得ない。

さて、この恋物語の後ろにはある殺人事件の存在があるのだが、ブランの一途な想いもそのための行動も、この事件のせいで打ち砕かれてしまう。彼女の仕打ちはあまりにも残酷なのだが、結局は彼が一人で空回りしていただけなのだろうか?だとしたらなおのこと彼が哀しい。
結果的にボネールがこれでもかというくらいの悪女としか思えない展開になるわけだが。ブランを絶望に突き落とした時の彼女の目は恐ろしく冷たいものだったが、それでも私には全体を通してだと彼女がそんなに酷い女だったとは思えない。
それはブランがあくまで彼女のことをそうは思っていないからだと思えてならないのだけど。
自分の身が危うくなろうとも、彼女のためだけを想い、もしかしたらという希望を抱いたこの短い期間、彼は生涯の中で最も歓びを感じていた。生まれて初めて自分自身を生きていたのかもしれない。それを与えてくれたのは紛れもなく彼女だったから。

「僕は君を恨んでないよ。死ぬほどせつないだけだ。」

いつまでもこのセリフが胸を離れない。