エディット・ピアフ 愛の讃歌2007年10月03日 14時40分30秒

エディット・ピアフ 愛の讃歌(2007)
エディット・ピアフ 愛の讃歌 LA MOME
2007 仏・英・チェコ 監督:オリヴィエ・ダアン
マリオン・コティヤール パスカル・グレゴリー エマニュエル・セニエ シルヴィ・テステュー ジャン・ピエール・マルタンス ジェラール・ドパルデュー クロチルド・クロー

娼館に預けられた幼少時代は虚弱体質で失明しかけたこともあったエディットは、その後、大道芸人の父との暮らしの中で歌うことに生きがいを見出す。彼女の歌声に魅せられた人々との出会いで道を切り拓いていく彼女は、自分に正直にその壮絶な生き方を貫いていく。

エディット・ピアフという名前とその歌声。越路吹雪の歌う「愛の讃歌」ぐらいしか彼女について知らないままに観た。彼女の声量、力強い歌声の奥にこんな彼女の人間性と壮絶な人生があったとは。

正直言って私はエキセントリックな人、とりわけ女性の映画は非常に苦手だし、伝記ものも好きじゃない。時間軸を前後させて入り混じる編集方法も得意じゃないのだが、今回そのすべてが揃っていながら、エディット・ピアフにはひと時も目を離せなかった。
彼女の歌声のせいもあると思うが、それ以上に力が漲る彼女の真っ正直な生き方に目を奪われていた。
真っ正直なだけにこれでもかと直面する大事にぶち当たり、傷つき、苦しみが追いかけてくる。
真っ正直ではあるが決して強い人間ではなかったのだろう。酒やクスリに溺れ、度重なる事故とリウマチからくる痛みや体の不自由を補うためにモルヒネを常用し、さらにその体をボロボロにしていく。
それほど傷つき、苦しみながらも彼女を支えたのは歌うこと。歌うことなしに生きることが出来なくなっていた。命を絞るように歌うピアフの生き様は壮絶という以外にない。

そんなピアフを全身全霊で演じたマリオン・コティヤール。見た目の酷似と姿勢や一挙一動に至るまで、彼女の渾身の演技は鬼気迫る。強気な女性の役は多いものの見た目に小さくて可愛い女性だと思うが、その面影は微塵もない。過去作品を振り返っていて、わりと最近「プロヴァンスの贈りもの」で見たばっかりだったが全然思い出しもしなかった。(笑)

万感の思いを込めて歌った彼女の晩年の一曲「水に流して」。私は後悔していないと自身の人生を振り返り、また前を向いて、歌うために生きようとするピアフの姿に震えてしまう。
海辺で大好きな編み物をする彼女が、インタビューに一言一言答えた自分の後悔のない生き方。
その時の彼女の表情はとても穏やかで涙が出るほど美しかった。

-正直に生きられますか? 「そう生きてきたわ」
-歌えなくなったら? 「生きてないわ」
-死を恐れますか? 「孤独よりマシね」
-女性へのアドバイスをいただけますか? 「愛しなさい」
-若い娘には? 「愛しなさい」
-子供には? 「愛しなさい」

「沖で待つ」 絲山秋子2007年10月18日 23時21分05秒

「沖で待つ」 絲山秋子
「沖で待つ」 絲山秋子
(文藝春秋)

バブル期に企業で組織の一員としてバリバリ働いた経験のある女が主人公。女の目で見た、女が働くこと、働く意味、働く仲間との関係の物語。収録作は「勤労感謝の日」「沖で待つ」の2編。

「勤労感謝の日」
セクハラ上司の常軌を逸した行動にブチぎれて会社を辞める破目になった女。“勤労感謝の日”に無職の彼女が義理で受けたお見合い。現れた男は「仕事が趣味」だとぬかす、一流企業勤めのバカ男。好きだとか自分では言っていても、はたしてホントに“仕事ができる”男なのか甚だ怪しい。
“勤労感謝の日”の無職の女の一日。「仕事が趣味」だという男と会い、「仕事仲間」だった女と話し、気分の悪い日に立ち寄る飲み屋に癒されて、心から感謝の言葉を口にする。
 - ふと、これって勤労感謝だろうかと思った。 -
無職の女が感じた「勤労感謝の日」。11月23日だっけ。危うく自分もそうなるかと思ったよ(笑)。
そこで感じるか、そうきたか、なんかいいなあ~。
ちょっと可笑しくて、いや、ちっとも可笑しくない。シビアで不愉快な出来事を払拭するために残りの時間を費やした彼女。意識したわけじゃないのに“仕事”に纏わる人に会い話をし、その1日の終わりに感じた感謝の念。それが無職の女!ってところがいいよねえ~。うん、実にいい。

「沖で待つ」
同期入社の男と交わした変わった約束。自分がすることはないだろうと思っていたのに、果たすのは自分の役目になった。冷や汗をかくほどの思いをして果たしたのに、彼は自分で台無しにしてくれる。彼らしいっつーか・・・。
「沖で待つ」は彼の残したあるものの中の一言。なんとなくそんな気はしたんだけど、その一文を読んだ時になんとも言えず、じんとくるものがあった。
 - 仕事のことだったら、そいつのために何だってしてやる。
    同期ってそんなものじゃないかと思ってました。 -
これもすごいな。新卒で入った会社は1年で辞めてしまい、前職の会社には一人中途入社だったから“同期”という存在がとても羨ましかった。そうかもしれないな。

うーん、さりげないんだけど、なんだか心の残る言葉。そんなものを自分も残せたらと思ったりする。別に感動的な文章を書きたいだなんてたいそうな事を考えてるわけじゃなくて~。何でもいいんだけど。誰かにとって、ちょっとひっかかるだけでもいいんだけど。ふと、思い出してもらえるような一文が自分の書いたものの中に残せていたらいいな~。なんて。


今の私が読むにはちょっと遅かったね。もう少し前に読んでたら、この本に少し気持ちを楽にしてもらえてたかもしれない。
でも今の私、この時期に彼女の“女と仕事”の文章に出会えたのはちょっとした事件だった。大感動っていうんじゃないんだけどなんかほっこりどこかに残ってる不思議な感じ。

読むのが遅い私でも流石にこれは往復4時間の新幹線の中で読み終えてさらに時間が余った。さらさら読める上に面白く、ちょっとどきっとさせられて。今まで読んだ彼女の作品の中で一番面白かった。
絲山秋子は「スモール・トーク」で興味を持ち、「イッツ・オンリー・トーク」で本をぶん投げたくなって、「ニート」でさらに嫌悪感に鼻で笑ってしまった。私はどうも読む順番を間違えたらしい。この「沖で待つ」がこんな後になってしまった。芥川賞受賞作という帯の誘い文句のとおりに誘われてしまえばよかった。
絲山秋子の持つ二つの顔。なんでこうも違うかね。働く女の考え方、感じ方の表現の仕方はとても素直で水のようにさらさらと心地よく読めるのに。片や・・・もういいや。こっちのタイプは私にはどうにも受け容れ難い。嘔吐感まで感じて全身で拒否してた。
私って・・・超ノーマルな女だったのね・・・なんて実感したりして~。(爆)

「映画篇」 金城一紀2007年10月30日 20時57分43秒

「映画篇」 金城一紀
「映画篇」 金城一紀
(集英社)

ちらちらと映画の断片を掠めながら、年齢性別もバラバラな人たちの人生で大切な一場面が微妙に触れ合う5篇の物語。接点は「ローマの休日」の上映会。収録作は「太陽がいっぱい」「ドラゴン怒りの鉄拳」「恋のためらい/フランキーとジョニー もしくは トゥルー・ロマンス」「ペイルライダー」「愛の泉」。

始まったばかりの通勤を助けてくれた1冊。読み終えたのは朝の電車の中でじーんとこみ上げてきて鼻をすするのが止まらなくなってしまった。
金城一紀を読んだのは初めてで、“今”の人気作家の一人だということしか知らずに読んだ。名前から出身は伺い知ることができるが、勝手な思い込みでハードボイルドなのかなと思っていた。未読だが「GO」「フライ,ダディ,フライ」など映画化された作品もあるのね。これらの作品といい、本作の中にはその想像もまんざらハズレてはいないなと思った部分もあったが、最後には泣かされるなんとも可愛いらしくてあったかいお話たちだった。スマートというかクールな文体が多い気がする昨今、久しぶりに柔らかいタッチの文体じゃないかと思う。
金城一紀氏は私とほぼ同年代。登場するごく普通の青少年たちに馴染みやすさを感じたのは偶然だろうか。同級生にいたような男の子たちが目に浮かぶようなのだ。そんな彼らはそれぞれの体験を経てこれからの人生に向って新たな一歩を踏み出していく。その姿を思い浮かべてみる。ちょっとじんとくるこの感じ。なんだか昔懐かしい駄菓子屋のラムネを飲んだような清涼感が残る読後感が心地よい。

連作短編集の形をとっているが、同じ場所ですれ違う人々のそれぞれの物語。こういうの大好きなんだよねえ。
ラストの「愛の泉」で今までの4篇が一部分で重なり合った「ローマの休日」の上映会の全体像が語られるのだが、これが決して大袈裟な大事件じゃなく、普通の家庭の普通の子供たちが大好きなおばあちゃんのために起こした奮闘記というところがいい。主人公の二十歳の大学生はどこにでもいる普通の男の子だ。遅刻しそうでダッシュで大学に行ったら休講だったり、仲の良くない従弟とくだらない口喧嘩をしたり、姐御肌の従姉に頭が上がらなかったり、秀でた才があるでもなく、目立ってカッコいいでもなく、でも気のいい奴なのだ。問題のある従弟を放っておけなかったり、面倒だと言いながらおばあちゃんのために大事を引受けてしまういい子なんだこれが。

彼だけじゃなく、どの物語の小学生から中・高校生、大学生、の主人公たちは誰もがどこか淡々とした生活を送っている。その生き方に一石を投じる出来事に遭い、何かを感じ、時に人生の岐路に立つ。

「ローマに休日」の上映会だけじゃなく、物語の端々に現れる映画のタイトル、登場人物の名前、その現れ方は映画好きの心をくすぐる。ふっと、口元が緩むのが自分でもわかった(笑)。映画ファンなら楽しんで読めることだろう。

映画の「GO」「フライ,ダディ,フライ」は比較的評判なんだよね。キャスティング的にあまり惹かれないんだけど、この原作と「対話篇」は読んでみたいかもしれないなあ。