「快盗タナーは眠らない」 ローレンス・ブロック2009年01月31日 09時42分22秒

「快盗タナーは眠らない」 ローレンス・ブロック
「快盗タナーは眠らない」 ローレンス・ブロック
THE THIEF WHO COULDN'T SLEEP
by Lawrence Block
(創元推理文庫)

眠らない男タナーは、人知れず眠っているアルメニア埋蔵金貨の情報を得てトルコに渡る。が、到着した途端に空港でスパイ容疑で逮捕されてしまう。

いつも参考にするその年のミステリベストテン。2008年度にランクインしていたローレンス・ブロックの「タナーと謎のナチ老人」。これがシリーズ物で先に第1弾を読んでみることにした。
ローレンス・ブロックはミステリ作家としては有名らしいが、本作はその初期作品でなんと1966年の発表。日本では2007年に初めて翻訳された40年前の作品である。

読み始めてなるほどちょっと時代的に古さを感じたがしかしそれもあっという間。主人公タナーの特異なキャラクターと、スパイ小説のようなそうでないような不思議な雰囲気、先の読めないストーリー展開。どれをとっても他に類を見ない珍しさが面白くてサクサク読めてしまった。
何が特異って主人公エヴァン・タナーは戦争で脳に銃弾を受けた影響で睡眠を必要としなくなってしまったというのだ。1日24時間、人が睡眠に使う約8時間くらいを適度な休息というかストレッチなどでまかなえてしまう彼は残りの時間を各国の語学習得に使い、異能な人物となる。

物語は埋蔵金貨をいただきにトルコへ行くがイスタンブールでスパイ容疑で逮捕される。が、強制送還される途中のアイルランドで無謀にも脱出を図る。更にそこで本物のスパイと思しき人物に何やら文書を託された瞬間に彼は死亡。逃亡者タナーは殺人容疑もかけられ本格的にスパイとして指名手配される中、欧州各国に散らばる人脈を頼ってトルコまでヨーロッパ横断の冒険の旅を続ける。
まず読み始めてすぐに判ることなのでネタバレしてしまうが、彼はスパイじゃない。でも誰もが彼をスパイだと思って疑わないのだ。彼は何も望んでこうなったわけではないような。でもなぜ?そこまでしてトルコに行く?そこはタナーのキャラクターの成せる技で文中でも語られるが微妙で面白い。そのズレがなかなかクールで作品としての方向性が見える。本格的スパイ小説と違うところ、40年前に書かれたものとは思えない感覚。ここが本書の面白さだ。

巻末の尾之上浩司氏の解説が面白い。本書とスパイものに関して述べているが、彼の言ってる事がほとんどを物語っているので引用させてもらう。

“本書の狙いは「定型をなぞると見せかけて、スパイものの要素を片端からおちょくる」ことにあったと見てまちがいない。だから、設定に目を通してから本書を読みはじめた読者は、あらゆる意味で予想を裏切られるはずだ(作者は「裏切りはスパイものの常道」と言いたかったのかもしれない)。”

“アンチ・ヒーロー”“冷めた視線”“ひねくれたアプローチ”。これが本書のスタンスである。

さてこの解説、他の部分を読んで爆笑した。スパイものは60年代から人気のジャンルで、イアン・フレミング原作、ショーン・コネリー主演で「007」シリーズが映画化されたのに端を発して数々の小説、テレビ、映画までにその影響はおよぶ。文中に挙げられたタイトルが面白い。
先の007に始まり、ドラマの「0011ナポレオン・ソロ」「0022アンクルの女」「スパイ大作戦」「アイ・スパイ」「プリズナー№6」「ジョー90」。映画だと「サイレンサー」シリーズ、「電撃フリント」シリーズ。
そして本作タナーシリーズに通じるものとして挙げられたのが、アンチ・ヒーロー路線として「黄金の七人」「ファントマ」「セイント」「唇からナイフ」。小説の「悪党パーカー」から「ルパン三世」。冒険もの的な感覚で「インディ・ジョーンズ」。“スパイものの要素を片端からおちょくる”ってんで「オースティン・パワーズ」「スパイ・キッズ」「ハドソン・ホーク」まで出てくる始末。ちなみに尾之上氏が一番近いと思ったのは「暗殺者」が原作の「ボーン・アイデンティティ」を始めとするシリーズで、エヴァン・タナーはマット・デーモンをイメージするそうだが、私はもっと軽い感じでありながらより無骨なマーク・ウォールバーグを連想した。

さて第1弾を読んだのでそのうち「タナーと謎のナチ老人」を読むとしよう。日本で発行されているのはこの2冊のみだが、なんせ40年前にスタートしたこのシリーズは現在8冊。どれも興味をそそられる筋書きのようだ。中でも1998年発表の8冊目“TANNER ON ICE”は四半世紀ぶりの最新刊で、“二十五年間冷凍睡眠状態にあったタナーの再生が明かされる、といった具合。オースティン・パワーズもびっくりの展開である。”だって(笑)。ものすごく読みたいんですけど~。人気が出ればこのシリーズは順次刊行していく予定だそうで、是非ともお願いしたいところだ。