「映画篇」 金城一紀2007年10月30日 20時57分43秒

「映画篇」 金城一紀
「映画篇」 金城一紀
(集英社)

ちらちらと映画の断片を掠めながら、年齢性別もバラバラな人たちの人生で大切な一場面が微妙に触れ合う5篇の物語。接点は「ローマの休日」の上映会。収録作は「太陽がいっぱい」「ドラゴン怒りの鉄拳」「恋のためらい/フランキーとジョニー もしくは トゥルー・ロマンス」「ペイルライダー」「愛の泉」。

始まったばかりの通勤を助けてくれた1冊。読み終えたのは朝の電車の中でじーんとこみ上げてきて鼻をすするのが止まらなくなってしまった。
金城一紀を読んだのは初めてで、“今”の人気作家の一人だということしか知らずに読んだ。名前から出身は伺い知ることができるが、勝手な思い込みでハードボイルドなのかなと思っていた。未読だが「GO」「フライ,ダディ,フライ」など映画化された作品もあるのね。これらの作品といい、本作の中にはその想像もまんざらハズレてはいないなと思った部分もあったが、最後には泣かされるなんとも可愛いらしくてあったかいお話たちだった。スマートというかクールな文体が多い気がする昨今、久しぶりに柔らかいタッチの文体じゃないかと思う。
金城一紀氏は私とほぼ同年代。登場するごく普通の青少年たちに馴染みやすさを感じたのは偶然だろうか。同級生にいたような男の子たちが目に浮かぶようなのだ。そんな彼らはそれぞれの体験を経てこれからの人生に向って新たな一歩を踏み出していく。その姿を思い浮かべてみる。ちょっとじんとくるこの感じ。なんだか昔懐かしい駄菓子屋のラムネを飲んだような清涼感が残る読後感が心地よい。

連作短編集の形をとっているが、同じ場所ですれ違う人々のそれぞれの物語。こういうの大好きなんだよねえ。
ラストの「愛の泉」で今までの4篇が一部分で重なり合った「ローマの休日」の上映会の全体像が語られるのだが、これが決して大袈裟な大事件じゃなく、普通の家庭の普通の子供たちが大好きなおばあちゃんのために起こした奮闘記というところがいい。主人公の二十歳の大学生はどこにでもいる普通の男の子だ。遅刻しそうでダッシュで大学に行ったら休講だったり、仲の良くない従弟とくだらない口喧嘩をしたり、姐御肌の従姉に頭が上がらなかったり、秀でた才があるでもなく、目立ってカッコいいでもなく、でも気のいい奴なのだ。問題のある従弟を放っておけなかったり、面倒だと言いながらおばあちゃんのために大事を引受けてしまういい子なんだこれが。

彼だけじゃなく、どの物語の小学生から中・高校生、大学生、の主人公たちは誰もがどこか淡々とした生活を送っている。その生き方に一石を投じる出来事に遭い、何かを感じ、時に人生の岐路に立つ。

「ローマに休日」の上映会だけじゃなく、物語の端々に現れる映画のタイトル、登場人物の名前、その現れ方は映画好きの心をくすぐる。ふっと、口元が緩むのが自分でもわかった(笑)。映画ファンなら楽しんで読めることだろう。

映画の「GO」「フライ,ダディ,フライ」は比較的評判なんだよね。キャスティング的にあまり惹かれないんだけど、この原作と「対話篇」は読んでみたいかもしれないなあ。