エリザベスタウン2007年05月06日 10時56分38秒

エリザベスタウン(2005)
エリザベスタウン ELIZABETHTOWN
2005 米 監督:キャメロン・クロウ
オーランド・ブルーム キルステン・ダンスト スーザン・サランドン ジュディ・グリア ブルース・マッギル アレック・ボールドウィン ジェシカ・ビール

仕事で失敗し、恋人に捨てられ人生のどん底のブルームに届いた父の訃報。彼は葬儀のために父の故郷に向う飛行機でアテンダントのダンストに出逢う。彼女の力を借りて彼は再生の旅をする。

「予告編の見過ぎで過剰に期待しすぎたかもしれない。が、初めて見た現代青年のブルームは非常にキュートだ。それだけでも悪くない気がする。」
これが劇場公開時に観た時の私の感想。備忘録を読み返したらこれだけだった。その月のベスト候補にも上らなかった。なのに何故今?
CSで放映されている昨今、何度か観る度に目が離せなくて結局最後まで観てしまう。これは“やってると観てしまう映画”の1本になりつつあるような予感。

最初は、前述の通りの感想でしかなかったのだが、今観てラブストーリー以上に、人生の再生の謳歌のような映画だなと感じるのは、今の自分の状態がよろしくないからだとは思うのだけど~。(笑)
人生のどん底にいて自殺を考えていた主人公は父の故郷に帰り、彼がどれだけ愛されている人間だったかを知る。父の故郷はその彼の息子である主人公を温かく迎えてくれて、惜しみない愛情を傾けてくれる。
そして、あくまで前向きに生きている(ように見える)超ポジティブな女性との出逢い。彼女と長い会話を交わすうちに、彼の中に生きる力が戻ってくる。その過程は恋が始まるのと同じペースで彼に与えられていく。
「華麗なる恋の舞台で」でも感じたことだけど、人がどん底から立ち上がるためには誰かの助けが必要だ。それはおせっかいを焼いてもらうと言うことではなくて、そういう人がいてくれるだけでいいのだ。誰かの温かみに接すること、誰かとたくさん会話を交わすこと。そういう人がいてくれるだけで、人は自分の存在する価値、生きていく喜びを見出していくのだと思う。人間は一人で生きていくものではないから。

ブルームとダンストの長い長い電話の場面。他愛のない話でも何でもいいからとにかくしゃべる。これができるのってとても大事なこと。人と人の間に起こるケミストリーのひとつの形だと思う。
電話で話しながら待ち合わせて、顔が合って電話を切る。携帯電話時代のロマンティックなシーン。好きだな~♪

父の告別式の場面もじんとくる。愛する夫を亡くした妻は哀しみにくれようとせず、ポジティブに生きていこうとする。彼を奪っていった彼女のそんな姿を見て、次第に故郷の人々も温かく受け容れてくれる。
こんな母親とこんなに故郷の人々に愛されていた父親のもとに愛情いっぱいに育ったと思われる息子は悪い奴のはずはないよね。
彼女の地図に従って再生の旅に出発した彼の感情豊かな表情を見てもそれはわかる。

故郷、家族、会話、愛情、笑い、地図、音楽、旅、・・・。人生を楽しく生きるために必要なものがたくさん詰め込まれたような愛しい映画だ。

ママの遺したラヴソング2007年05月09日 08時51分02秒

ママの遺したラヴソング(2004)
ママの遺したラヴソング A LOVE SONG FOR BOBBY LONG
2004 米 監督:シェイニー・ゲイベル
スカーレット・ヨハンソン ジョン・トラボルタ ガブリエル・マクト デボラ・カーラ・アンガー

幼い頃に別れた母の訃報。パーシー(ヨハンソン)が彼女に遺されたニューオーリンズの家にやってくると、そこには見知らぬ二人のむさい男、ボビー(トラボルタ)とローソン(マクト)がいた。こんな奴らと一緒に暮らすなんて冗談じゃないと思ったものの、ママのことを知りたくなった彼女は家に留まることにする。3人の奇妙な共同生活が始まった。

正直言って苦手な女優の筆頭に近かったヨハンソン。トラボルタも別に好きじゃないし、マクトが出てなくて暇でもなかったらわざわざ劇場に行くこともなかったであろう。しかし、何度か観た予告の映像で妙に惹かれるものがあった。
南部特有の温そうな風にゆらめく川面と濃密に生い茂る緑。揺れる大木の根元で夢中になって本を読むヨハンソンの姿。

ヨハンソンにトラボルタだったら即時公開になってもおかしくないキャストだが、今頃になって公開とは?の2004年作品である。確かに脚本が地味だし、トラボルタがこの手の作品に出演とは非常に珍しいかもしれない。少なくともシネスイッチでトラボルタを見たのは私ははじめてだ。(笑)
予告では、やや彼女の生い立ちに秘密があるかのような含みを予感させたが、そこに注目すべきではない。孤独に生きてきた少女がママの姿を探すうちに別の大切なものを見つけていく、彼女の成長の物語だ。
年齢に似合わない妖艶さのあるヨハンソンが久しぶりに年相応の素顔ではねっ返りの娘を演じているのが何とも瑞々しくて良い。アクションで見慣れたトラボルタとマクトのむさいアル中の自堕落オヤジぶりも、これまた良い。舞台であるニューオーリンズという南部の温い空気に暑苦しい化粧や衣服は邪魔なのだ。

こうした舞台に自然体の登場人物たち。心地よい空気に文学というとびきりのエッセンスが加わる。トラボルタが元大学文学部教授でマクトが作家志望の教え子。ママの遺品の本を読むことが家に留まる決心をさせたなど、この作品中に染み渡る文学の匂い。台詞にも名著の引用が散りばめられていて、ピリッとスパイスのようにちょっぴり場面が引き締まるのが気持ちいい。
そんなに英米文学に浸透しているわけではないので、観ている最中は当然全部は判らないのだが、その場面の瞬間に、ぐっときたものもあった。数々の言葉たちに興味を惹かれたのは確か。
プログラムを読み直し改めてその文章に触れて再び胸が詰まる。プログラム片手に図書館で引用された文章の本を検索。今、手元に1冊あったりする。(笑)

この作品、音楽に惹かれる人もいるだろう。この空気に流れる曲たちもとても心地よい。純粋にヒューマンドラマに感動するも良し。疲れた頭と心に優しい映画だと思う。


 Happiness Makes up in Height What It Lacks in Length

            Robert Frost / A Witness Tree

  幸福とは長さの不足を高さであがなうもの
                      ロバート・フロスト

愛より強く2007年05月21日 21時10分25秒

愛より強く(2004)
愛より強く GEGEN DIE WAND
2004 ドイツ・トルコ 監督:ファティ・アキン
ビロル・ユーネル ジーベル・ケキリ

人生に絶望して自殺未遂を起こしたジャイト(ユーネル)。保守的なイスラム教徒の家族から逃れるために、やはり自殺未遂のふりをしたシベル(ケキリ)。ふたりは精神科クリニックで出会った。結婚だけが自由になる唯一の手段と考えた彼女は、ジャイトに自分と結婚してくれと頼む。彼は同意し、愛のない結婚、同居生活が始まった。

舞台はドイツのハンブルグ。トルコ系ドイツ人が主人公の話は初めての体験。イスラム教徒の女性の窮屈な環境の現代劇がここまでリアルに感じられたのは私には初めて。同じトルコ系だったためにジャイトは家族に結婚を認められ、シベルは自由を満喫し、ジャイトもいつしか生きる力を見出していく。

これほど“粗暴”という言葉がぴったりな、そしてそれがこれほどセクシーに見せてしまう俳優を見たのは初めてだ。熱く激しくそして静かな憂いのあるビロル・ユーネル。トルコ人俳優はもちろん初めて。マチュー・アマルリックの甘さとジェラール・ランヴァンの男臭さが混在したような。無骨だけどどこかソフト。もの凄く魅力的。しびれる~って感じっ♪

ジャイトは熱い血が流れる激しい男だ。怒りも喜びも感情表現が爆発的。触れただけで火傷しそうな男っていうのはこういう男を言うのだろうか?結婚を迫るシベルに付き纏われてブチぎれて怒鳴り散らしてはバスから放り出される。イライラが爆発して部屋中の物をぶん投げる。シベルに恋した喜びが溢れた時だって・・・何もグラスを拳で叩き潰さなくたっていいじゃんよ~。割れた破片で傷ついた手が血まみれになってるのに嬉しくて満面の笑みを湛えている・・・。あまりの極端さに私は何度か笑ってしまった。
が、しかし、この粗暴で激しい性格が災いしてふたりは引き離されることになるのが悲しい皮肉。

ふたりとも新しい生き方を見出すために出逢ったはずだった。お互いに今までにない喜びを知るきっかけになる相手のはずだった。愛のない結婚生活だけではなくなるかに見えたのに。運命はふたりを引き離した。

激しいラブシーンやおびただしい流血と暴力的描写が色濃いが、ふたりのやりきれない絶望や自由を貪ろうとする切羽詰った感情の表現であって犯罪的なイメージとは程遠い。
ふたりとも痛みを持ってして感情を実感せずにはいられない悲しい性なのだ。そこがふたりとも同じだから分かり合えるはずだった。痛みも喜びも分かち合えるはずだった。

イスタンブールで再会した時のふたりの甘さ。見つめあう表情の柔らかさ。これは引き離される前にふたりの間に交わされるはずだったもの。あまりにも切ない。
怒り、喜び、哀しみ、痛み、愛しさ、寂しさ・・・様々な感情がスクリーンから溢れ、観ている者に投げつけられる。
このラストでふたりが手にした感情はどれだったのだろう?観ている私が受け止めた感情はなんだったんだろう?